政治不信、権力政治への無力感を克服した人々の行動・感情はいかにして「善」を到来させたのか。明晰な思想史家が私たちを省察に誘う
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政治不信、権力政治への無力感を克服した人々の行動・感情はいかにして「善」を到来させたのか。明晰な思想史家が私たちを省察に誘う
- 関連ワード
- 善のはかなさ
- タイトル
- 著者・編者・訳者
- ツヴェタン・トドロフ編/小野潮訳
- 発行年月日
- 2021年 6月 29日
- 定価
- 3,300円
- ISBN
- ISBN978-4-7948-1180-6 C0022
- 判型
- 四六判上製
- 頁数
- 244ページ
著者・編者・訳者紹介
編者紹介-Tzvetan TODOROV(ツヴェタン・トドロフ)(1939-2017)
ブルガリア出身のフランスの文芸理論家、思想史家。
当初は構造主義的文学理論を代表する論者として知られたが、世界の中の人間を直接的に論じる著述を、他者論、民主主義論、絵画論といった幅広い領域をフィールドとして次々と発表し、過去と対話しつつ現代を思考する姿を見せる。
ブルガリア出身のフランスの文芸理論家、思想史家。
当初は構造主義的文学理論を代表する論者として知られたが、世界の中の人間を直接的に論じる著述を、他者論、民主主義論、絵画論といった幅広い領域をフィールドとして次々と発表し、過去と対話しつつ現代を思考する姿を見せる。
内容
東欧の小国ブルガリアは日本人には馴染みの薄い国である。長年オスマントルコの支配下にあり、第二次大戦後はソ連の衛星国だった。その小国で、大戦終了直前に、ひとつのできごとがあった。当時、ドイツ語圏出自の国王を戴き、枢軸国の一角をなすこの国で、国内のユダヤ人は、ナチスの強制収容所送りをすんでのところで逃れることができた。
本書が提起するのは、なぜそんなことが可能だったのかという問いである。
この国にも、ユダヤ人への抑圧は存在した。反ユダヤ的法律も制定された。この法律には多くの職業団体や国家体制の重要な一翼を担うブルガリア正教会などが反対したが、政府は反ユダヤ的政治運営を放棄しなかった。これにより、まず、第一次大戦の結果としてブルガリアの管理下に入った領土(マケドニアとトラキア)に住むユダヤ人の、ブルガリア国外の強制収容所への移送が開始される。転換をもたらしたのは、国会副議長ペシェフが主導した、政府支持派だったはずの43人の代議士による請願だった。このユダヤ人救出のための請願の発出と、その背後にあった多くの国民の支持が、国王にユダヤ人の強制収容所送りを諦めさせた。
本書はこの劇的なできごとを、当時の資料とその後の証言に語らせようとするものである。編者トドロフの執筆部分は原書全体の四分の一に留まり、他の部分はできごとを取りまくさまざまの資料・証言で構成されているが、編者トドロフはこの手法で、なぜそのようなことが可能になったのかを読者自身に考えさせようとしている。
そこから見えてくるのは、「善」を現実に到来させるためには何が必要かということである。それは、複雑な状況において「善」を効果的なものにする行動とはいかなるものかを見極める明晰さと、そうした行動を促すまともな人間的感情に他ならない。トドロフ自身は本書に付したコメントを次のように締め括っている。「〔…〕悪はたやすく広がる。これに対し、善は困難で、まれで、もろいものとして留まる。しかしそれでも、善は可能なのである。」
(おの・うしお/19世紀フランス文学)
本書が提起するのは、なぜそんなことが可能だったのかという問いである。
この国にも、ユダヤ人への抑圧は存在した。反ユダヤ的法律も制定された。この法律には多くの職業団体や国家体制の重要な一翼を担うブルガリア正教会などが反対したが、政府は反ユダヤ的政治運営を放棄しなかった。これにより、まず、第一次大戦の結果としてブルガリアの管理下に入った領土(マケドニアとトラキア)に住むユダヤ人の、ブルガリア国外の強制収容所への移送が開始される。転換をもたらしたのは、国会副議長ペシェフが主導した、政府支持派だったはずの43人の代議士による請願だった。このユダヤ人救出のための請願の発出と、その背後にあった多くの国民の支持が、国王にユダヤ人の強制収容所送りを諦めさせた。
本書はこの劇的なできごとを、当時の資料とその後の証言に語らせようとするものである。編者トドロフの執筆部分は原書全体の四分の一に留まり、他の部分はできごとを取りまくさまざまの資料・証言で構成されているが、編者トドロフはこの手法で、なぜそのようなことが可能になったのかを読者自身に考えさせようとしている。
そこから見えてくるのは、「善」を現実に到来させるためには何が必要かということである。それは、複雑な状況において「善」を効果的なものにする行動とはいかなるものかを見極める明晰さと、そうした行動を促すまともな人間的感情に他ならない。トドロフ自身は本書に付したコメントを次のように締め括っている。「〔…〕悪はたやすく広がる。これに対し、善は困難で、まれで、もろいものとして留まる。しかしそれでも、善は可能なのである。」
(おの・うしお/19世紀フランス文学)